住むところと私

勤務地は滋賀、家は京都、chair to chairで1:30とゆアホみたいな生活をしているわけだが、なんでかって、前の家が知らない人にばれかけたからです。

 

すっかり忘れていたけれど、引越を決めたきっかけはそれだし、その出来事から1年がたっていた。

 

前は、会社が用意したアパートの1階に住んでいて、いわゆる車社会の町で徒歩通勤をしていた。駅から遠いし、インターフォンはカメラ付きじゃないし、ベランダの前は他人の畑だし、私が検索するならぜったいに選ばないようなところだった。

 

住んでから、すぐの夏に本屋でナンパ、秋に夜の路上で痴漢にあう、2年すんで、知らん人に玄関前まで来られた。ベランダで洗濯してたら、畑のおっちゃんが話しかけてくる。3年目に家賃上がるよ。。。なんでこんなとこ住んでるんだ?引っ越そう。てなった。

 

京都に住んでもうすぐ1年が経つけれど、TSUTAYAで話しかけてくる人はいないし、路上を歩く人も家にまっしぐらだ。交差点の近くのオートロック玄関のマンションだから、着けてくる人もいない。私は変わらずのんびり生活しているが、ここでは何もない。

 

前の家付近はなんだったのだろうか?上司のおっさんが言うように、つけられる私に隙があったのだろうか?車社会で歩く人がほとんどいなくても、草むらに潜んでいるもんなのだろうか?いや、ただ、町と私の相性が悪かったんだろうな、運が悪かったんだろうな、て思う。

 

大事なのは、郷に従って変わることでも、変わらないことでもなくて、生きていくことだよな~と思う今日この頃。安心て大事。便利さではなくて。

 

 

便利さと私

定期券を更新しにいったのだけど、その交通機関で出してるクレジットカードか現金の二択しかなかった…

定期て、そんな安い買い物じゃないから(基本、6ヶ月で買いますよね?)クレジットカードでほいほい買いたいのですけど??

そして、どこの駅でも買えるわけじゃなくて、その指定のクレジットカードすら使えないところもあるのね…
クレジットカードの更新て券売機でやるものと思っていたよ…


実家の最寄り駅は、私鉄1本のみの駅だったけど、急行も各停もすべての電車が停まる駅だったから、定期も買えたし券売機もあったのかな?
定期を買いに、電車賃はらって他の駅に行くってのが…いまいち解せん……

わたしは便利さに浸かりすぎていたのだろうか??
不都合なことはあるものだし、その交通機関の姿勢にも意図があるんだもんね…?
これもまた一興!悪くない!といって、乗り越えていくのが生きるコツですよね…



いや、いや、せめて!VISAで定期は買えて良かったと思う!!!よ!!!!

夢と私

夢について考えるとき、私はSMAPの「夏日憂歌」の歌詞がうかぶ。かの有名な「オレンジ」を作詞作曲した人と同じ人。

 

 過ぎ去りしdays 駆け抜けたways 憧れ泣いたあの夢は誰が手に入れたのだろう

 

サッカー選手になりたい、とか、宇宙にいきたい、とか夢はいろいろある。でもきっと、同じ夢を誰かも持ってる。63億種類、将来について思い描くもの・職業があるとは思えない。だいたいが、世界観や語彙力が限られた子供のころから持ち続けているから、なおさら。そしたら、私と誰かの夢の違いは何だろう?

 

私が持ってるか、あの子が持ってるか。それだけの違いしかないと思う。「〇〇という夢」を「私が」もっているから、私の夢だ。「私が」手に入れるから、私の夢だ。だから、私が手に入れないと、あの歌詞のように「あの夢は誰が手に入れたのだろう」てなるんだろう。

でも逆に、私が手に入れられなくても、同じ夢を持ってる誰かが、手に入れてくれるかもしれない。私も、誰かの夢を手に入れられるかもしれない。嫌な意味でなく。それもなんかいいよね。やりたいこと叶えたいことが多いと、自分だけでなくて、誰かに託すってのもあり。

 

だから、私じゃなきゃだめなもの、誰かに託せないものは逃せないよね。例えば、「美味しいトマトをつくりたい」夢の場合、私でなくてもできそう。世の中、おいしいトマトは何種類かある。でも「この目で宇宙をみたい」とか、「パリコレに出たい」とか「自分の曲で感動させたい」とか。うまく言えないけど、主語が自分でなければ意味がないものってのは絶対ある。それを、逃さないように、見失わないようにしたい。

 

春と私

京都と滋賀で、桜が開花した。

この週末あたりが見頃らしい。

 

嵐山や円山公園など、名所は多くあるけれど

近くのお寺や、駅前、民家の庭、電車の窓の外、といった

なんでもない日常の、どこかで咲いてる桜に

 

春だなあ

 

と思う。じゅうぶんに満たされる。

 

だらっと続く日常にも、ちゃんと春が来ている。

昨日、つばめを見た。

 

暖かくて、湿気ていて、雨も多くて、雲も変わって、もう冬ではない。

春の雲は、いわし雲だっけ?

小学生の理科の授業は、大事だったなーとつくづく思う。

 

1年に1回の春を、体感して、満喫しよう。夏が来るまで。

 

春と私でした。

着替えて、でかけよー

 

 

 

3年と私

今日で、社会人3年目が終わる。

もう3年も働いたなんて、信じられない。

 

研究室、サークル、高校、中学と、同じだけの3年間。

 

この3年間、思い返せばトラブルつづきで、特に今年度はひどかった。

 

4月には胃腸炎になり、39℃まで発熱して夜間診療にいって、1週間くらいろくに食べれなかったり。

6月は、見知らぬお兄さんに玄関前までつけられたり。

7月は、赤ワインで酔っ払って、平日どまんなかに3時まで介抱してもらったり。

8月も、ワインで酔っ払って、お盆には、滋賀から京都に引越したり。

9月から、腰が痛くなって、デスクワークがきつくなったり。

11月に、椎間板ヘルニアになっているとわかり、腰痛の日々。。

1月には失恋して、2月から脚の付け根も痛くなって、3月にはスマホを落として、格安スマホに2時間で切り替えたり。してた。

 

衝撃を受けるたびに嘆いたり泣いたりばっかで、何回泣いたか、数えられない。

なんで今年度はこんな大変だったんだろ?と考えたけれど、似たような年は前にもあった。

 

研究室のときも、3年目の最後が大変で、お金もなくて、声もでなくなっていた。

サークルのときも、3年目は授業も大変で、帰り道に歩きながら寝たこともあった。

高校のときも、3年目は大学受験で、ひたすら勉強していた。

中学のときは、覚えていません。。

 

私にとって、3年目は大変で、何かが終わるときなのかもしれない。

4月から、会社の組織も上司も変わるから、これまでの3年間がひとくぎりで、また新しい何かが始まるのかもしれない。

 

またいっぱい、衝撃をうけて、嘆いたり、泣いたり、するんだろう。

そして、またいっぱい、すがって、助けてもらったり、するんだろう。

 

それでも、また次のこの3年間に、期待したい。

そして、きっとまた激動であろう3年間を、衝撃だけでなく、穏やかな日々も、ブログに残してみようと思った。

 

振り返るこれまでと、これからの、3年と私。でした。

どうぞ、よろしく。